京料理・梅むらへ行ってきました。もちろん、ひとりで。
「にらみ川床」。
それは、晩夏の京で行なわれる、密かな愉悦。
政治的無力さと、気位の高さと、吝嗇と、そしてマゾヒズムが、
「にらみ鯛」などという、食への愛と冒涜を同時に満たす放置プレイを生んだこの地に於いて、
「にらみ川床」はその放置をさらにエスカレートさせた、禁断の戯れ。
もちろんそれは、鴨川の川原から貧民よろしく床を見上げて、
「あんなもん、ぼったくりや。涼しゅうもないし、味も大したことない。見栄ばっかり張ってアホちゃうか」
などと「酸っぱい葡萄」をマニュアル通りにこなすようなものでは、ありえない。
しかるべき金銭を支払い、川床を眺めながら食事を楽しみつつ、でも一歩も足を踏み入れない。
川床を、目の前で、放置する。ただ、じっと、見るだけ。お前になんか、指1本、触れてやるか。
床は床で、そんな腐れ変態の世を拗ねた遊びを、快しとはしない。
好きでもないが、誘ってやる。引き入れてやる。吸い込んでやる。こっちへ、おいで。
9月末の床には、もはや、テーブルも何もない。全ては片付けられ、何もない。
からっぽの床には、今年ここで行なわれたであろう様々な饗宴の残り香だけが、漂っている。
その残り香から幻の酔客を生成し、床は、腐れ変態を誘う。「こっち来て、一杯どないですか」と。
誘いに乗ると、終わりだ。自分自身が、幻、残り香になって、床と一緒に片付けられてしまう。
からっぽの床と、孤独な男が、歪んだ愛と存在の駆け引きを楽しむ、「にらみ川床」。
それは、夏と秋の間に一瞬生じる魔界なのかも知れない・・・。
と、狂ったイントロで恐縮ですが、とにかく夏の終わりの川床単独特攻であります。
現在、9月末。残暑は過剰なまでに厳しいものの、夏と言える時期ではございません。
でも川床、まだやってるんですよね。その名も、名残床。昼床も、やってます。
6月に貴船の昼床へ行って以来、金銭的にも混雑的にも床と無縁のわたくしですが、
今なら何とかなる、ラストチャンスとばかり、三条木屋町の京料理・梅むらへやってきました。
「どすどすどす」と情緒を醸し出す板戸・杉皮塀・石畳を抜け、辿り着いた玄関。
ちなみにここ、かの伊藤博文が常宿とした旅館を、30年ほど前に料理屋化したとこ。
懐石や鍋料理、昼の『鴨川御膳』でも知られます。鴨川の畔にあって、鴨川御膳。これですよ。
時刻は、13時半。「ひとりで大丈夫ですか」と訊き、「どうぞ」と言われ上がりこんだ、玄関裏。
そういえば、この辺にあった勘定所に、昭和天皇来店時の写真がありましたよ。
あとここ、映画人にも愛されてるとか。蔵田敏明 『シネマの京都をたどる』 にそう書いてありました。
森繁、勝新、山田五十鈴、杉村春子などが、足しげく通ってたそうです。
昭和天皇、伊藤博文、森繁、勝新も歩いたのかと思うと、思わず重厚な足取りになる廊下。
この先には川床が、いつもは下から見上げるだけの川床が、待ってます。
と思ってたら、川床、休止・・・。
今季はもう終了かと思ったら、暑いのでやらないそうです。だだっ広い床が、完全空白。
食事は、部屋で。帰ろうかと思いましたが、何か引くに引けず、いただくことにしました。
「川床に行ったことにならんだろ」って?いえいえ、ちゃんと行ってますよ。座ってないだけで。
にらみ川床、敢行中。じぃ~っと、にらんでます。
お昼のメニュー。
「まともなもん食いたかったら、高瀬川懐石か京懐石にしろ」的な左下の案内を、華麗にスルー。
頼むのはもちろん、鴨川の畔にだから、鴨川御膳です。お値段、6520円也。
まずは、お造り。鱧の落とし、ヒラメ、シマアジ、そしてシビガツオ。
「シビガツオってどんなカツオですか」と訊いたら「とにかくでっかいカツオ」だそうです。
皿の形が船型ですが、運ばれて来た時には屋形舟よろしく屋根もついてます。
で、お弁当。何やかやと、いろいろぎょうさん、入ってます。
天ぷら、そしてカボチャの崩したんをアラレで包んで揚げたんにあんかけしてわさび乗っけたん、
麩、湯葉、鰆、鱧の玉子を固めたん、栗の身を茶素麺で包んで揚げたん、鴨ロース、肉、煮物など。
魚の頭と椎茸のお汁。もちろん、御飯と香物もついてきます。
右目で川床を睨みながら、ひとり黙々と料理を喰らう、わたくし。
クーラーなし、涼しさを運ぶのは開けっ放しの戸から入ってくる鴨川からの風、のみ。
負け惜しみにしか聞こえないでしょうが、結構気持ち良いです。
水物は、梨とわらび餅。
以上であります。以上で税サ込み6552円であります。どすどすどすどすなのであります。
食事が出来ませんでしたが、からっぽの川床をうろつくのは、自由。
なので、少しでも元を取ろうと、食後しばし床の上をうろうろします。
え。幻になるって。夏の残り香になって、片付けられるって。それならそれで、いいじゃないですか。
奇しくも鴨川では、京大吉田寮の皆さんが鴨川レースを開催中。
伊藤博文の気分になって、奮闘する京大生を特等席からしばし観戦します。
三条から出町デルタまで、鴨川の水の中を歩いて進むこの「レース」、
「涼しくて気持ち良そう」とか思いますが、実際はあまりの水流の激しさに「5秒で飽きる」そうです。
「鴨川は深く速く冷たく、足をふんばれずに下流に流されそうになったときなど「わたしはこのまま死ぬのか」と思ったものである」 (「寮祭の二大イベント―ヒッチレースと鴨川レース」より)
大げさな表現ですが、でも実際こんな感じだと思います。というか、勉強しろよ。
近隣の店の昼営業もだいたい終わった時間。ですが、まだブラブラしてます。
席や机のない大バコ系川床を、ボ~っとうろつく独男一匹。
デカい看板が、「夏の終わり」という感じの妙な寂寞感をそそってくること、甚だし。
これ見よがしに、下の河原から見えるところに立ってみたりもします。
「優雅な」「あれぞ、粋」と見上げられると自己満足に浸れるんですが、誰もそんなことしてくれません。
むしろ、数日後から始まる床のバラシ準備に来た業者のように見られます。
床から眺めた、部屋の中。ああいう感じで、ひとりで、食ってました。
そういえば梅むら、映画人から愛されてるのみならず、ロケでも多用されてるそうです。
森繁の 『流転の海』 とか、テレビドラマ 『おみやさん』 では「10回以上使われてる」とか。
床が広いから、撮りやすいんでしょうか。
勝新が出入りしてた店だから、当然「伝説」も残されてます。
「お金に構わないのです。帰り際、仲居が送り出しますでしょ、その時勝さんはポケットにぐっと手を突っ込んで、ガっとお金を握って、つかんだだけ、あげはるんです。それこそ掃除のおばさんにまで。こだわりのない豪快な方でした( 『シネマの京都をたどる』 より)」とは、女将による勝新話。
写真は、食後に酒もドリンクもオーダーしない、全く豪快じゃない私の席。
で、帰ります。
帰り際に「玄関の写真撮っていいですか」と訊ねたら、何故か撮ってもらった記念写真。
「おのぼりさん」と看做された以上、撮らねばなりません。それが京のしきたりです。掟です。
客は、多分他にはいなかったと思うので、客層云々は省略。
一人客への対応は、特に歓迎される感じも、敬遠される感じも、ありません。
帰り際には「今度は彼女と来て下さい」としっかり言われましたけどね。
コスパについては、床の世界。このコスパを含めた形で、床を「体感」していただきたいところです。
背筋にひやっとしたものが走りますよ。
そんな京料理・梅むらの川床。
好きな人と行ったら、より京都の夏の風物詩なんでしょう。
でも、ひとりで行っても、京都の夏の風物詩です。
【ひとりに向いてる度】
★★
ごくごく普通に超アウェー。
【条件】
平日金曜 13:30~14:50
京料理 梅むら
京都市中京区木屋町三条上る上大阪町515-1
11:30~14:00 17:00~22:00 無休
市営地下鉄 京都市役所前駅下車 徒歩3分
京阪電車 三条駅下車 徒歩5分
公式 – 京料理 梅むら
食べログ – 梅むら うめむら