2014年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【前篇】

2014年2月3日(月)


2014年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。

毎年恒例の節分めぐり、2014年度版でございます。
深層意識で今なお旧暦のタイムテーブルが稼働し続けているせいなのか何なのか、
「本来の年越し」 的な感じで、ある意味では正月以上の盛り上がりを見せる、京都の節分
市内の多くの寺社で2月3日を中心に各種祭典が行われ、大きな賑わいを呼んでいるのであり、
メジャーどころの単独正面突破を旨とするうちでも、毎年、めぐり特攻を繰り返してきました。
2011年は、本丸たる吉田神社の節分祭・追儺式に特攻して鬼が全然見えない玉砕から始め、
各地で鬼が暴れる様を追いかけ回した末、火炉祭を観に戻った吉田で今度は閉め出し食らったり。
2012年は、舞踊奉納や節分狂言、追儺狂言といった芸能を、あちこちでタダ見しまくった後、
須賀神社で独男に無縁な懸想文を購入し、悲願の吉田神社・火炉祭の炎では顔面を焼かれたり。
そして2013年は手抜きをしたくなったので、東山周辺の寺社の節分祭を極めて適当に巡り、
鬼の写真が全然撮れなかったので、 「無形の鬼を追い求める」 とか適当な屁理屈をこねてみたり。
といった感じで、熱狂と混雑の巷へ飛び込んでは、無意味な疲労を積み重ねて来たわけですが、
では今回の2014年度版はどうしたかといえば、2013年に引き続き、何というか、適当です。
今まで回れてないスポットを、ユル目のスケジュールでダラっと回り、すぐ帰った。そんな感じです。
2月って、寒いですしね。出歩くと、疲れますしね。それにこの時期、色々と金無いですしね。
いや、 「体も懐も寒いからこそ、景気良く盛り上がりたい」 という気持ちは、ないでもありません。
が、でもやっぱり2月って、寒いですしね。疲れますしね。この時期、色々と金無いですしね。
というわけで、前年以上に少ないスポット数を日和り気味で回る、今回の節分めぐりであります。
逆に言えば、堅気の人も実行可能であろう普通の街めぐり+寺社めぐり的なその様、
やはり適当に降りた京阪電車・三条駅から、スタートです。


というわけで、三条駅を出て歩いてる、三条大橋。暖かいですが、かなりな悪天です。
天気のせいか、旧暦が活きる街の本来の年越しだというのに、この辺、あまり活気がありません。
あ、恵方巻を売ってるところはやたら見かけますが。コンビニも扱い始めた為か、余計目に付きます。
海苔屋が海苔を売るべく始めた陰謀である、恵方巻の風習。でもあれ、私は好きなんですよね。


というわけで、がんこ寿司@木屋町三条の恵方巻にも、ちょっと心を動かされたり。
恵方巻、味覚そのものや 「福を巻き込む」 という駄洒落以上に、 「黒いものを食う」 という行為が、
「死の象徴を食い殺す」 という呪術的な感じがして、ある意味、節分に相応しい食物と思ったりします。
映画 『コックと泥棒、その妻と愛人』 で、そんなこと言ってたでしょ。 「死よ、お前を食ってやる」 と。
 

そんなどうでもいいことを思いながら、まずやって来たのは、寺町三条の矢田寺
「矢田地蔵尊」 や 「代受苦地蔵」 の通称で知られる、街中ながらネイティブなテイストの寺です。
創建に小野篁が絡んでいるためか、お盆の 「送り鐘」 で知られますが、御覧のように節分会も執行。
寺の前、向かって左側では、お札各種に加え、節分限定だという福だるま500円なりも販売中。


で、絶賛発売中の、福だるま。関西系の起き上がり小法師っぽいシルエットです。
やはりネイティブですが、矢田寺、そもそもは紫陽花で有名な奈良の大寺である矢田寺の別院。
小野篁と満慶上人により五条坊門あたりで創建され、現在も地名が残る下京区矢田町へ移転したと。
で、秀吉の例のアレにより現在の寺町へ移り、後に出来た新京極の賑わいに全包囲されてると。


鬼とお多福でデコられてる本堂では、厄除けを念入りに祈願しておきます。
奥には、炎を前に立つ寄木造の地蔵あり。地獄を往来した小野篁との縁を感じさせるものです。
もっとも、炎とも縁があり過ぎて何度も火事をくらい、現在のような小堂のみの寺になったそうですが。
地蔵、岡部伊都子 『京の地蔵紳士録』 によると、昔はエレベーターで地下へ避難できたんだとか。


そんなお地蔵さんに見守られながら、接待の甘酒もちゃっかり頂くことしばし。
「麹が本物だから、美味しい」 みたいなことを客のおばさんが言ってましたが、実際、実に美味し。
こちらの客層は、ほぼ中高年ばかり。渋好みの観光客が時折混ざる以外、観光テイストも全然なし。
寺町通を歩く若者が入ってくることも、ほぼなし。カップルも、ゼロ。逆に、単独も全然いませんが。


帰り際に目にした、矢田寺の一番人気アイテムである、ぬいぐるみ地蔵さん。
この寺を創建した満慶上人は、小野篁と共に閻魔大王を救った礼として地獄見学を許されましたが、
その際、炎に焼かれながら忙しく働く地蔵に感激し、その姿を刻んだのが本尊の地蔵なんだそうです。
といって、このぬいぐるみ地蔵を燃やすと、中に入ったお札ごと一瞬で灰になるので、あしからず。
 

と、しょうもないことを思いながら矢田寺を出て、次に来たのは、すぐ近くの誓願寺
寺町通や新京極といえば、やはり歓楽街。歓楽街ならではの節分が見たいので、やってきました。
落語の発祥地&芸能上達祈願で知られるこちらでは、 「節分会福扇祭」 として日本舞踊の奉納あり。
ふらっと立ち寄る人は少ないですが、何があるのか知ってる感じの人は、バンバカ入って行きます。


「節分会福扇祭」 、メインコンテンツは大般若転読会。お経をバ~っとやる、あれです。
午前中とこの奉納後、夕方前もバ~っとやるそうですが、客の多くは無論、舞踊&豆まき目当て。
13時半に着いた本堂は、既に満員。入口付近には、へばりつきのカメ+薄い目な見物客がいる感じ。
奥に鎮座されてる阿弥陀像、元は石清水八幡宮の本地と聞いたことがあるんですが、本当かな。


で、14時から舞踊、開始。奉納するのは、東京から来たという桜富寿佐社中。
演舞は3部構成。第1部は、古風な衣装をまとう海女の姉妹が在原行平への恋を舞う 『汐汲』 。


第2部は、町娘・湯上がり女・女将・芸者・女目明かしが舞う、 『町屋三番叟』 。
途中、見物人は増えましたが、絶望的に混むわけではなし。とはいえ堂内は狭く、快適でもなし。


第3部は、佐藤忠信が静御前に壇ノ浦を語る、 『義経千本桜』 の一幕 『吉野山』 。
終わった後、踊り子さんが何か持って出てきたので、豆まきかと思ったら、ハンカチまきでした。


といって、豆まきが無いわけではありません。例年だと、踊りの後にやるんだそうです。
が、踊り&豆まきが終わると皆帰り、大般若転読会に人が残らんため、今年は後回しにしたとか。
とはいえ皆さん、バンバン帰ってますが。私も次のスポットへ向かいたいので、悪いですが帰ります。
ここの客層は、地元の中高年メイン。本堂入口にいたカメ&通りすがり見物客も、大半は地元系。


帰る前に眺めた、誓願寺名物・扇塚。扇の模様が彫られてるのが、見えるでしょうか。
世阿弥作の謡曲 『誓願寺』 にて、歌舞の菩薩として登場する和泉式部に由来する塚であります。
この謡曲により誓願寺は、舞踊家など芸能者から信仰を集めるようになり、扇の奉納が定着しました。
本堂の本尊前が立て込んでたので、私はこちらでお参り。厄除けに効くかは、全然知りませんが。


帰る前に引いた、誓願寺名物、恋みくじ。文面が恋絡みなのが、見えるでしょうか。
謡曲 『誓願寺』 に和泉式部が登場するのは、この寺にて和泉式部が極楽往生を遂げたからで、
同じくこの寺にて極楽往生へ至った清少納言と共に、女人往生の信仰を集める所以にもなってます。
で、女人往生ゆえか、恋みくじが名物と。私の出目は、大吉。2歳上の女性が、よいそうですよ。
 

トラディショナルな芸能たる日本舞踊もいいですが、現代的な芸能も観たくなったな。
そう思い、次は豆まきに加え落語や歌謡ショーもある、御所西の護王神社へ行くことにしました。
時間は、14時過ぎ。演芸タイムはもう始まってる頃なので、ちょっとバスに乗り、到着したら14時半。
ロイヤルな立地の護王神社ですが、この日は着いた途端、中から大音量のカラオケが響きまくり。


境内に入ると、かなりな混雑の中で、カラオケを使った歌謡ショーが宴たけなわ状態。
既に落語奉納は終わったようで、女性歌手の大奈が 『幸せなら手を叩こう』 などを歌ってました。
しかしこのショーのメインは、大林幸二であります。 『大林幸二ときょうの夜』 の大林幸二であります。
「誰だそいつ」 と訊かれたら、 「特に知る必要は無い」 としか言えませんが、まだのようであります。


そうこうするうち、14:45、人混みの中を普通に通って大林幸二が拝殿に登場。
『ルパン三世 partⅢ』 の如きジャケットを着こなす大林幸二、まずは北島三郎 『まつり』 を歌い、
続いて北陸にビデオを撮りに行くという新曲およびカップリング曲を、ファンの声援を浴びながら披露。
トークと客いじりも交えつつ、15分ほどでショーは終了。内容も熱気も、何か異様なショーでした。


ショー終了後の15時ジャスト、社務所から赤鬼と青鬼が登場。
本殿内で神事を斎行する間に客をいじり倒すという、賢い段取りです。写真は無論、赤鬼。


鬼は延々と境内をうろつき、時に咆えて子供をビビらせまくり。
無論、あちこちで写メの嵐がわき起こり、アナウンスも 「どんどん撮って下さい」 と言いまくり。


で、15時半に神事が終わり、関係者&福男&福女が本殿から拝殿へ移動。
で、すぐに鬼へ向け、豆まき。で、鬼がすぐ、退散。あっという間に社務所へ帰っていきました。


続いて拝殿では、宮司が弓の音を鳴らす 「鳴弓の儀式」


続いて、社務所の屋根の上へ矢を乗っけたりしつつ、四方へ矢を発射。


で、15:40、豆まき開始。豆と共に、餅&みかんもまきまくり。


豆&餅&みかん、まきまくり。そして、雅もひったくれもなく豆を取り合う人民。


大林幸二も、まきまくり。そして、紙袋を大きく広げてでも豆を取り合う人民。


こんな感じで盛大にまきまくった後、豆まきは終了。時間にして、5分くらいでしょうか。
豆や餅と違ってみかんはキャッチし辛いのか、取り損なって落下した物件が、境内には大量発生。
地面に激突したみかんは当然、御覧の様な爆死状態と化してます。神像との衝突死体も、あったな。
「小さいお子さんの為に、後で別に豆を進呈します」 というアナウンスも納得の、ワイルドさです。


道鏡の策謀さえ撥ね除けた和気清麻呂に、厄除けを祈願してから、神社を後にします。
ここの客層は、中高年7割、近隣の幼稚園児&母親3割。観光感ゼロで、自転車率が異常に高し。
「ロイヤルな由緒を持ちつつ、テイストはネイティブ」 という、実に京都の街中らしい節分でありました。
さらにロイヤルかつネイティブかつスピリチュアルな寺社で、念入りに厄除けを行う様は、後篇で。

2014年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【後篇】 へ続く。

2014年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【前篇】
2014年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【後篇】

2013年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【前篇】
2013年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【後篇】

2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【1】
2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【2】
2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【3】

2011年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【1】
2011年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【2】


 
 
 
 
 
矢田寺
京都市中京区寺町通三条上ル天性寺前町
通常拝観 8:00~19:00

市営地下鉄 京都市役所前駅 徒歩約5分
京阪電車 三条駅下車 徒歩約7分
京都市バス 河原町三条下車 徒歩約3分

矢田寺 – 寺町専門店会商店街

矢田寺 – 京都風光
 
 
 
 
 
 
 
 

誓願寺
京都市中京区桜之町453
通常拝観 9:00~17:00

市営地下鉄 京都市役所前駅 徒歩約7分
京阪電車 三条駅下車 徒歩約10分
京都市バス 河原町三条下車 徒歩約5分

浄土宗西山深草派総本山誓願寺 – 公式

誓願寺 – Wikipedia


 
 
 
 
 
護王神社
京都市上京区桜鶴円町385
通常拝観 6:00~21:00

市営地下鉄 丸太町駅下車 徒歩約7分
京都市バス 烏丸下長者町下車すぐ

京都御所西 護王神社 | 足腰の守護神 – 公式

護王神社 – Wikipedia