三条右近橘にて聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。 【後篇】
三条右近橘にて過ごす聖夜、前篇の続きです。
「京都で暮らす」 ということ。それは、つまり、 「自分らしく暮らす」 ということ。
「自分らしく暮らす」 ということは、 「自分である」 ということであり、 「自分がある」 ということ。
歴史や伝統の尻尾を追いかけて、一代や二代ではなれるわけがない 「京都人」 になり切る努力は、
意味がないし、何より 「自分以外の誰かになれる」 と思い込める若さが、この街には似合わない。
必要なのは、 「自分」 を立ち上げること。そして、その上で、 「京都」 へ無駄にこだわらないこと。
「京都」 への無駄なこだわりは、この街のカルチャーを本当の意味で背負うには、邪魔になる。
都市の原動力は、いつだって、様々な文化の吸収。その駆動原理は、千年の都・京都だって、同じ。
人も文化も、外部からこの街へ入ってくるエレメントは、健全な血流の為には常に必要なもの。
「受け入れる」 という姿勢では、足りない。自ら積極的に取り入れるタフさを、持たなくてはならない。
外来のエレメントと蓄積された歴史を組み合わせて、立体的な創造を行う知力も、重要になる。
「京都」 への無駄なこだわりは、このタフさと知力の飛躍を阻む、壁。壊さなければならない、壁。
都市の駆動原理ゆえ、どんな子供でも簡単に皮肉ることができるほど混沌とした京都の真ん中で、
自分自身を保つ力を授け、新たな未来を創り出す力になってくれるのは、壁ではなく、 「自分らしさ」 。
誰もが 「自分らしい」 暮らしをしなやかに持ち、それぞれの 「らしさ」 がゆるやかに響き合う。
その共振だけが、柔軟な知性と未来への眼差しを生み、この街を更新していく――――――――
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―――と、京都ブランドに乗って勝手&凡庸&無秩序な欲望を 「自分らしく」 発露しまくり、
その発露をポエミーな寝言で美化&正当化したくもなる魔力に満ちた新たな魔界たる洛中にて、
魔界ゆえ増殖している境界的簡易宿所のひとつ・三条右近橘に投宿し過ごしてる、2016年の聖夜。
私もまたその魔力に侵食され、 「自分らしさ」 全開で普段通りに文博行って小津の映画観たりと、
京都にもクリスマスにも全く関係ない挙動に好き勝手に励んでるわけですが、後篇はいよいよ、飯。
「隠れ家の食事処」 での夕食や、チキン&ケーキ爆食など、食の流れを一気に観てもらいます。
これこそが、新たに生まれた魔界で嗜む私にとっての 「自分らしい」 「京都の暮らし」 です。
京都の中心に建つ全く京都らしくない建物で、全く京都に関係ない映画を観た後は、飯ですよ。
黄金のファラオに見送られながら文博を出て、私の 「隠れ家の食事処」 へ向かうべく、烏丸御池へ。
銀行などの洋館が並ぶ三条通が近代京都に於けるビジネスの中心としたら、御池通は現在の中心。
「隠れ家」 というものは、こういう場所でこそ持っとくもんです。それこそが、本物の 「京都人」 です。
で、やってきました、いきいきうどん京都店。いきいきうどん。名前が示す通り、うどん店です。
といっても、京都の 「おうどん」 ではありません。讃岐うどんです。京都の中心で、讃岐うどんです。
京都の中心にチョコ屋が増える凡庸さが許されるなら、讃岐うどんの無秩序さも許されるべきでしょう。
ここ、うどんが安くて美味いので、私は普段からよく来るんですよ。で、今夜も食おうと思うんですよ。
いきいきうどんは、セルフ店。オプション類も、天ぷらなど色々あります。で、鶏天が、美味い。
デカい身が生む鶏感のダイレクトさ、そして衣の程良いハードさが、美味い。某丸より全然、美味い。
冷めて少し衣が柔くなった奴も、かけ出汁を飲みながら食うと、これまた、美味い。麻薬的に、美味い。
それに、聖夜といえばやはり、鶏。ということで鶏天、3つも取ってしまいました。それくらい、美味い。
うどん店なので、うどんの注文も忘れてはいけません。で、頼んだのは、ぶっかけうどんです。
普段はひやかけばかり食うんですが、今夜は聖夜なので、おろしのホワイトスノーを盛ってみました。
うどんは、コシが強い讃岐うどん。といっても、某花や某丸とは違い、工業製品感や重さ・硬さはなし。
ちゃんと、うどんであります。ぶっかけ出汁は、超絶的なひやかけ出汁に比べると、普通でしょうか。
天ぷらの他にも、おにぎりや寿司類といった米飯系オプションが充実してるのも、ここの特徴。
私の推しは赤飯で、あったらサンタ色で今夜にピッタリなんですが、なかったので、ばら寿司を食す。
聖夜20時のいきいきうどん、店に客は数組。家族連れが1組だけいて、後は全員が同志たる単独男。
TVでは 『エンタの神様』 が流れてて、客の一人が恋人でも探すかのようにじ~っと見入ってました。
と、勝手&凡庸&無秩序な食欲を 「自分らしさ」 たっぷりに満たした後は、腹ごなしに、散歩。
というか、部屋に色気がないので、新京極に何軒かある100均にてネタアイテムを仕込もうかな、と。
聖夜20時半の寺町通・新京極は、型落ち感がする緩んだ聖夜騒ぎの臭いがダラ~っと澱んでる感じ。
100均はどの店も、目ぼしいクリスマスアイテムが売り切れてました。ので、とっとと部屋へ帰ります。
で、三条右近橘の部屋へ帰ると、特にすることもないので、しばし休憩。で、22時過ぎ、入浴。
当然ながらこれまたマンション丸出しの風呂は、湯船が案外と広め。少なくとも、狭くはありません。
シャンプーもリンスもあるし。6000円台のビジホ風呂を考えれば、かなりマシな方ではないでしょうか。
湯の出方も、普通。 「湯を出す度に爆音が鳴る」 など、ネタになるようなことは起こりませんでした。
で、風呂から上がった後も、特にすることもないので、しばし休憩。で、デカいTVを点け、視聴。
あ、TVもあるんですよ、ここ。BSが入らないけど。 『亜人』 2期の最終回、BSでも観たかったのにな。
しかしKBS京都はもちろん映るので、23時15分からは京都人のしきたりとして 『谷口イズム』 を視聴。
その内に、錦市場で夕方に買ったチキンが食いたくなりました。同時に、ケーキも欲しくなりました。
チョコ屋も多いけど、ケーキ屋も多いこの辺。深夜営業の店も、あるいはあるかも知れません。
と考えて、当然ながら閉店済みのチョコ屋の前を通って宿を退出し、三条界隈の夜間徘徊を、開始。
が、チョコ屋やケーキ屋に限らず大抵の店が、この時間には閉店。開いてるのは概ね、飲み屋です。
ニコニコ貯金銀行跡たるSACRAビルも、クリスマスなデコは光ってますが、シャッターは降りてます。
錦へ行ってみると無論、真っ暗。闇の中で、シャッターに描かれた若冲を観るしかありません。
やはり、コンビニしか開いてない感じでしょうか。しかし、聖夜にコンビニケーキというのも、何だかな。
そういうの、面白くないんですよね、もう。飽きてるんですよね、もう。何よりまず、コンビニに失礼です。
ので、100円ローソンの六角柳馬場店に、入店。コンビニではありません。100円ローソンであります。
で、私以外の客が全員中国人の店内へ入ると、25日0時を過ぎた為か、ミニケーキが値引中。
勢いで、いちご・モンブラン・レアチーズケーキの3つを、買ってしまいました。メリー・クリスマス!!
錦で買っておいたチキンも冷蔵庫から出して、200Wと600WしかないYAMAZENのレンジで加熱。
冷めてても美味そうなチキンでしたが、暖めたら、更に美味そうに見えます。メリー・クリスマス!!
夜間徘徊中に仕込んだストロングゼロ・ビターシトラスも湯呑へ注いで、メリー・クリスマス!!
100円-20円 = 80円のケーキは、食ってみると100円というよりは、80円の味。メリー・クリスマス!!
ローストチキンは、惣菜系でなくガチな鶏系の仕上がりで、ガチに美味。メリー・クリスマス!!
何より、ビターシトラスの柚子風味と、相性というか相乗効果が良くて、最高。メリー・クリスマス!!
食ってるテーブルを離れて見ると、取調室にしか見えない殺伐さだけど、メリー・クリスマス!!
椅子に座ると目の前へ壁が来て、己自身と向か合う気分になって鬱だけど、メリー・クリスマス!!
チキンと缶チューハイを大喜びで食い切った後、80円ケーキ3つも完食。メリー・クリスマス!!
食後、ケーキが腹の中で水気を吸って膨脹し始め、腹が破裂しそうだけど、メリー・クリスマス!!
というわけで、本当に腹が膨れまくって、動けなくなりました。下らん遊びは止めて、もう寝ます。
旅情が欠片もない部屋ですが、かろうじて浴衣はあり。しっかり着せてもらい、25時、ベッドで就寝。
ベッド、掛け布団は1枚でしたが、物置の毛布を使うと良い按配。空調24度でも、少し暑いくらいです。
その内に 『明石家サンタ』 も開始。満腹のまま寝るの、気持ち良いですね。では、おやすみなさい。
いや、イノダの朝食を食うミッションを、忘れてましたよ。寝落ちの前に、アラームをセットします。
「京都で暮らす」 なら、朝は 「老舗。イノダコーヒー」 で決まり。近ツーも、そんなことを書いてました。
きっと混んでる、休日朝のイノダ。でも、開店直後ならマシだろ。と考え、アラーム設定時間は7時です。
というわけで、今度こそ、おやすみなさい。そして、全ての孤独な聖戦士たちに、メリー・クリスマス。
で、目が覚めると、時間は8時。アラームの記憶が一切ないくらい、爆睡してしまいました。
というか、藍色尽くしの部屋は、朝でも真っ暗。ブラインドを開けないと、夜が明けたとわかりません。
慌てて起きると、ケーキが喉元へ遡上。完全に、残ってるようです。糖分過剰摂取の為か、頭も痛い。
辛い。もっと寝たい。ですが、私は起きねばなりません。起きて、 「老舗。」 へ行かねばなりません。
「京都で暮らす」 なら、 「老舗。」 へ行かねばなりません。行って、朝食を食わねばなりません。
行ったとしても、朝食はおろかコーヒー1杯さえ、恐らく腹には入らない。でも、行かねばなりません。
と、心中で焦りが募りますが、動く気は全く起きず、 『魔法つかいプリキュア』 を呆然と眺めるばかり。
これでは、 「京都で暮らす」 ことになりません。こんな様が 「自分らしさ」 とは、認めたくありません。
「京都で暮らす」 なら、必ず 「。」 へ行かねばなりません。行って、朝食を食わねばなりません。
このままの状態で無理して行ったら、リバースの危機さえ生じかねない。でも、行かねばなりません。
と、心中で焦りが募りますが、動く気は更に全く起きず、 『ドラゴンボール超』 を呆然と眺めるばかり。
これでは、 「京都で暮らす」 ことになりません。こんな様が 「自分らしさ」 とは、認めたくありません。
と、ダラダラしてる内に、時間はチェックアウトの10時。表札とチョコ屋に別れを告げ、帰ります。
新たな境界に於ける聖夜は、何故か、色んな意味で 「自分らしさ」 を見つめさせられるものでした。
あ、 「。」 は帰りに向かいましたが、店前で観光客が出すガラガラ音に頭痛と吐き気を催され、退却。
自分らしい 「自分らしさ」 所持罪で、魔界から路上リバースの刑に処された気分になりましたとさ。
三条右近橘、中ではほぼ他の客と鉢合わせることがなかった為、客層は不明。
音も、全然聞こえません。防音が効いてるのか、そもそも客がいないのかも、よくわかりません。
せいぜい、午前1時頃に若い女のアホ声が聞こえたくらいでしょうか。あとはひたすら、無音。
「湯を使う音 or 空調の音がひっきりなしに鳴る」 ということも、一切ありませんでした。
ので、よほど性質の悪い客とバッティングしない限り、不快な思いをすることはないでしょう。
部屋は、繰り返し言ってますが、完全なるマンション。それ以上でも、それ以下でも、ありません。
旅情は全くないですが、不便もないので、用途によっては重宝するのではないでしょうか。
ただ、それ以上の良さや面白味も特にない為、ひとりに向いてる度は★★★で。
そんな三条右近橘での、聖夜。
好きな人と泊まれば、より簡易宿所なんでしょう。
でも、ひとりで泊まっても、簡易宿所です。
三条右近橘にて聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。 【前篇】
三条右近橘にて聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。 【後篇】
三条右近橘
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市営地下鉄 京都市役所前駅下車 徒歩約10分
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