恵美須神社と祇園蛭子社の宵えびすへ行ってきました。もちろん、ひとりで。
恵美須神社と祇園蛭子社の宵えびすへ行ってきました。もちろん、ひとりで。
応仁の乱で丸焼けとなった後、京都は商業の街として再生します。
もちろん、止む事無き方々は戦乱以後も変わらずこの街に住み続けたわけですが、
復興や再興の主力となったのは、弱体化した朝廷ではなく、あくまでも民間の商工業者たちでした。
秀吉による手厚い商業保護を経て、実際の政治権力が完全に東へ移った江戸期以降は、
この商工業者 = 町人主導な傾向がより顕著化し、都に残る寺社や風習などもどんどんと商品化。
雅なる伝統を語る一方で、時流に乗った新商品を次々と生み出す観光都市の側面を強め、
「本物」 を求めて入洛した輩には失望のカウンターパンチを食らわせる楽しい街となったわけですが、
そんな話はともかく、京都は今でも 「家が商売してる」 というところが、普通に多かったりします。
で、商売やってる家が多いため、この雅な街でも商売の神様は極めて篤い信仰を集めてたりします。
「しょーばいはんじょでささもてこい」 のフレーズで知られる恵比寿神も、例外ではありません。
バキバキの商都・大阪の今宮戎、あるいは西宮のイメージが強い恵比寿神 = えべっさんですが、
祇園近くに立つ恵美須神社は、その二社と並んで 「日本三大えびす」 と称されるほど、人気。
また、その近所である超メジャー級の八坂神社の境内にも、末社として祇園蛭子社があり、
こちらも 「祇園のえべっさん」 として、祇園で商売やってる人たちから信仰されてます。
恵美須神社も祇園蛭子社も、えべっさんの誕生日である1月10日前後は 「十日えびす」 として、
数日に渡り盛大な祭りを行いますが、9日の 「宵えびす」 には祇園蛭子社がパレードを開催。
えべっさんを筆頭としたコスプレ七福神が乗るえびす船と、金烏帽子姿の福娘さんたちが、
「しょーばいはんじょでささもてこい」 と歌いながら、四条通を巡行する奇景が拝めるわけです。
そんな奇景をメインに、祇園一帯のえべっさんの賑わい、見てきました。
13時半頃に京阪・祇園四条駅を出て、まずは恵美須神社へ行ってみます。
写真は、恵美須神社の参道でもある大和大路通と四条通の交差点から、縁日を眺めるの図。
交差点入口には 「十日えびす」 の横断幕が掲げられ、路面には露天が凄まじい密度で既に林立。
普段は観光客が団子になってるポイントですが、この日は地元の商売人たちで大混雑です。
大混雑といっても、今回の宵えびすは平日開催のためか、一応普通に歩ける程度。
日曜に当たると、大和大路は極めて道幅が狭いため、歩行もままならなくなったりしますが。
甘酒、うどん、漬物、干柿、飴など、食い物各種を売る露店をぼ~~っと眺めながら歩くこと、しばし。
他にも、モデルガンや玩具、ダルマやえべっさんアイテム各種など、ラインナップは極めて多彩。
酒飲みながら売ってるファンキーな姉ちゃんがいた豚汁露店や、
偽舞妓に 「おいで~や~」 と声をかけるおでん屋などをスルーしつつ、恵美須神社へ到着。
「えびす」 の 「び」 に 「美」 の字を当てるのは、祇園の近所であることでも意識したんでしょうか。
といっても、最近は公式サイトの表記も、御覧の表の看板も、もっぱら平仮名が多いですが。
門をくぐった途端、参道に並ぶ露店と参拝客の密度で、極度に牛歩化する境内。
露店はいずれも、ギンギラギンな縁起物を売る店。商売の神様というテイスト、炸裂してます。
あ、奥に立つ二の鳥居の扁額には、えべっさんの顔が付いてますが、十日えびす期間中は、秘匿。
といっても霊的な事情などはなく、えべっさんの顔へ向け賽銭投げる輩が多発するからです。
頭の上に賽銭が降ってくるなら、多少痛くても、多少危なくても、嬉しいなあ。
とか思いながら牛歩してると、商売人ばかりが集まってるためか、行列は割と早く進み、本殿へ。
臨済宗開祖・栄西が、隣に立つ建仁寺の建立に際し、その鎮守として建立したという、恵美須神社。
栄西が宋から帰国する際、航海を守ってくれたえびす神・八代事代主命が、祀られてます。
ゆえに 「旅えびす」 とも呼ばれ、家出人探しにも御利益があるという、恵美須神社。
しかし、十日えびすの間の境内は完全に 「しょーばいはんじょでささもてこい」 一色状態です。
社務所では、祈祷の舞がノンストップ+巫女さんによる吉兆笹・福俵・熊手などの授与もフル回転。
別の日には、映画村女優による宝恵かご社参や、舞妓さんの福笹授与なども、行われるとか。
で、表にもいたけど裏口にもいた恒例の募金をスルーして恵美須神社を退出し、
えべっさんから流れる客を見込んでイノシシ御籤などを売る摩利支天堂でもお参りを済ませ、
大和大路から松原通へ曲がった辺で売ってた 「厄除きんつば」 一個100円なりを立ち食うの図。
大判焼を四角くして、皮を超薄くしたようなもの。美味い。でも、何がどう厄除なのかは、不明。
とかやってるうちに、そろそろ祇園のえびす船巡行が始まる時間です。
大和大路の混雑を避け、雅なるWINS経由で、15時前の八坂神社・西楼門へやってきました。
門前には、祇園蛭子社の幟、あり。本気と書いて、マジと読め。蛭子社と書いて、えべっさんと読め。
あたりは普段通りの観光客に加え、地元勢らしき見物人たちも多く、なかなかの混雑加減。
西楼門から少し進んで社務所の手前にある、祇園蛭子社の社殿。
1646年建造、流造り+檜皮葺+珍しく北向の社殿です。奉納提灯で全然見えませんが。
祭神は、国譲りを承諾したスサノオノミコト7世の孫であり、その時は釣りをしてたという、事代主神。
エビス神と同一視され、海の神&商売の神として、実に平安時代から信仰されてるとか。
社殿前にはテントが特設され、こちらも巫女さんによる各種授与がフル回転中。
さらに、ここ+八坂神社本社+大國主社を巡る三社詣も、開催中。実に商売繁盛であります。
何とも雅から遠いというか、京都というより大阪なテイストを感じさせるビジュアルに見えてきますが、
そもそも大阪の今宮戎は、あちらへ移り住んだ祇園蛭子社の氏子が始めたんだそうですよ。
で、15時、えびす船の巡行は定刻にスタートしました。
「しょーばいはんじょでささもてこい」 と連呼し続けるテープ音と、ライブの祇園太鼓に乗って、
ゆるキャラのようなコスプレ七福神が乗るえびす船、金色の烏帽子+巫女装束をした大勢の福娘、
えべっさんの小さな御神体を乗せた山車、福笠山車といった編成の行列が、四条通へ進入。
で、一力前で、しょーばいはんじょでささもてこい。
南座前でも、しょーばいはんじょでささもてこい。
福娘は沿道の店に福笹を渡して、しょーばいはんじょでささもてこい。
チラッとしか写ってないけど都そば前でも、しょーばいはんじょでささもてこい。
デカデカと写り過ぎだけどヴィトン前でも、しょーばいはんじょでささもてこい。
子供にやたら愛想がよい七福神が、しょーばいはんじょでささもてこい。
四条烏丸手前でUターンして、しょーばいはんじょでささもてこい。
福娘と見物人で満員の歩道が、しょーばいはんじょでささもてこい。
新京極前でも、しょーばいはんじょでささもてこい。
四条大橋でも、しょーばいはんじょでささもてこい。
小さい御神体も、しょーばいはんじょでささもてこい。
で、西楼門まで帰ってきて、しょーばいはんじょでささもてこい。
以上であります。商業の街・京都を再認識させてくれる、えべっさんでございました。
恵美須神社の客は、本気で頼み事がありそうな人が、大半です。
商売してる中高年が、メイン。観光客風は少なく、あくまで実用本位の神さんの祭りという感じ。
若者の姿は少なく、カップルがいても 「どこから来たんだ」 という感じのDQN系が多し。
色気的なプレッシャーは、ほぼありません。ただ、単純に人圧は、凄いかなと。
単独率は、高いです。ただ、いわゆる物見遊山系でない人は、単独カウントから除外。
単独は、女性は水商売なのか何なのか着物姿の妙齢女性を除けば、微小。
男は、カメと、よくわかりませんが銀行に置いてる観光雑誌とか読んでそうな観光系。
祇園蛭子社の客も、社殿にお参りする層は、恵美須神社とほぼ同じ感じ。
それ以外は、普段通りの八坂神社の客。阿呆な若者と観光客、そして外人たちです。
行列を追っかけるのは、単独男が微量いるのみ。大半は、その場で出くわし、通り過ぎるだけ。
ただ、道が普段から混んでるところなので、普通に道を歩くのは割と難しかったりします。
そんな恵美須神社と八坂神社蛭子社の、えべっさん。
好きな人と行けば、よりしょーばいはんじょでささもてこいなんでしょう。
でも、ひとりで行っても、しょーばいはんじょでささもてこいです。
【客層】 (客層表記について) カップル:1 女性グループ:1 男性グループ:1 混成グループ:若干 子供:微量 中高年夫婦:2 中高年女性グループ:1 中高年団体 or グループ:4 単身女性:若干 単身男性:若干 |
【ひとりに向いてる度】 【条件】 |
恵美須神社
京都市東山区大和大路通四条下ル小松町125
拝観自由
京阪電車 祇園四条駅下車 徒歩約6分
阪急電車 河原町駅下車 徒歩約8分
京都市バス 四条京阪前 or 河原町松原下車
徒歩約5分
京都ゑびす神社 – 公式
八坂神社末社 祇園蛭子社
京都市東山区祇園町北側625
参拝自由
京阪電車 祇園四条駅下車 徒歩5分
阪急電車 河原町駅下車 徒歩10分
京都市バス 祇園下車 徒歩すぐ